【元寇】世界最強の帝国は、なぜ日本だけ落とせなかったのか。神風だけではなかった
世界最強のモンゴル帝国は、海の向こうの日本を、すぐに片づく相手と見ていました。
ところが二度目の遠征では、十四万の大軍の大半が帰ってきませんでした。学校で習った神風だけでは、この結末は説明できません。
攻めた側は日本で何を見たのか。そして、勝った武士たちはなぜ報われなかったのか。元寇の物語です。
▼このチャンネルについて
「世界ストーリーランド」は、世界中の歴史上の人物や事件を、史実をもとに一本の物語としてお届けするチャンネルです。
▼目次
00:00 元寇
01:02 なぜ日本なのか
03:34 対馬の八十騎
05:05 博多の一日
09:06 空っぽの海
10:12 鎌倉武士の正体
11:00 斬られた使者
13:14 十四万
17:46 七月三十日
20:39 勝ったのに
▼参考資料・出典
・『元史』巻208 日本伝、巻160 王磐伝、巻159 趙良弼伝、巻165 張禧伝
・『高麗史』巻104 金方慶伝ほか、『高麗史節要』
・『蒙古襲来絵詞』詞書(『竹崎五郎絵詞』史籍集覧本)
・『八幡愚童訓』(群書類従本)
・日蓮「一谷入道御書」
・王惲「汎海小録」
・『北条九代記』
・『蒙古国牒状』(国立公文書館所蔵)
・『男衾三郎絵詞』詞書(国立国会図書館の模本)
・橋本雄「蒙古襲来絵詞を読みとく――二つの奥書の検討を中心に――」
・服部英雄「竹崎季長が絵解きする『蒙古襲来絵詞』――矢羽と風から――」(2015年)
・藤井大亮「社会科教科書の絵画資料『蒙古襲来絵詞』から形成される歴史像」『教材学研究』29(2018年)
・国立公文書館「日本とモンゴル」、九州大学附属図書館の解説、福岡市・松浦市・長崎県の文化財の解説
・コトバンク(世界大百科事典ほか)、nippon.com の記事(硫黄の説の紹介)、Wikipedia「元寇」「杜世忠」
▼画像
・ColBase(https://colbase.nich.go.jp/):『蒙古襲来絵詞』...
・国立国会図書館デジタルコレクション:蒙古襲来合戦絵巻(『蒙古襲来絵詞』の模本)https://dl.ndl.go.jp/pid/2591514 https://dl.ndl.go.jp/pid/2591515 https://dl.ndl.go.jp/pid/2591516 、男衾三郎絵詞 https://dl.ndl.go.jp/pid/2542590/1/17 、「蒙古襲来之図」『大日本歴史錦繪』https://dl.ndl.go.jp/pid/9369963/1/67
・国立公文書館デジタルアーカイブ:蒙古国牒状(184-0216)https://www.digital.archives.go.jp/fi... 、元史(281-0032)https://www.digital.archives.go.jp/it...
・Wikimedia Commons(CC0):元寇防塁(Saigen Jiro)、てつはう(先従隗始)
・Wikimedia Commons(パブリックドメイン):クビライの肖像、北条時宗(菊池容斎『前賢故実』)、鷹島神崎沖出土のてつはう(Saigen Jiro)
・地図:国土地理院の地図(陰影起伏図)を加工して作成 https://maps.gsi.go.jp/development/ic... 、Natural Earth
▼映像素材
Mixkit
※ 一部の画像は当時の記録ではなく、再現イメージです(画面に「再現イメージ」と表示しています)。
※ 画像は切り抜き、拡大、明るさの調整をして使っている場合があります。絵巻の一場面は、二つのコマをつないでいます。
※ 北条時宗の肖像は後世の想像図です。
▼史実と諸説について
本動画は、史料や歴史研究を参考に構成しています。解釈が分かれる出来事については、複数の説を検討したうえで、一つの見方を軸に描く場合があります。
将軍や皇帝などの掛け合いの多くは、出来事と状況に沿って作った台詞で、記録に残る言葉そのものではありません。
馬を捨てて走る、捕虜を盾にする、首を掲げる、夜の海を泳いで近づく、馬の死骸を投げ込むといった話は広く語られている話で、確かな原典を確かめられていません。本編では「といいます」の形で紹介しています。
軍勢や船の数は史料の数字で、実数には議論があります。「十万のうち帰ったのは三人」は『元史』の記述で、誇張と考えられます。
遠征の理由を硫黄や黄金に求める見方、絵巻の三人の兵を後の加筆とする見方、絵巻を供養のためとする見方は、説の一つです。手に穴を開けたという話は、日蓮の書状では「手を通して船に結い付け」とあり、穴は後の解釈を含みます。
#元寇 #蒙古襲来 #鎌倉武士 #日本史 #歴史 #歴史物語
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