【石原裕次郎・まき子】「よくぞ私を騙して下さいました」――夫のがんを知らされなかった妻が、死後に医師たちへ礼を言った理由
「よくぞ私をきょうまで騙して下さいました」。
昭和を代表する大スター・石原裕次郎さんが亡くなった後、妻の石原まき子さんが、病状の真実を伏せていた関係者たちに伝えた言葉です。
夫のがんについて、すべてを知らされていたわけではなかった妻。ところが、真実を知った彼女が口にしたのは、怒りでも非難でもなく、感謝の言葉でした。
なぜ、まき子さんは自分に病気の真実を伝えなかった人々に、お礼を言ったのでしょうか。
かつて「北原三枝」の名で日活の人気女優として活躍していたまき子さん。1956年、映画の撮影所で若き石原裕次郎さんと出会い、1960年に結婚。華やかな映画の世界を離れ、夫を支える人生を選びました。
しかし、その結婚生活は決して穏やかな日々ばかりではありませんでした。
石原プロモーションの設立、映画製作の成功と経営危機。そして、1978年の舌がん、1981年の解離性大動脈瘤。何度も命の危険と向き合いながら、裕次郎さんは仕事への復帰を果たしてきました。
そして1984年、肝臓に新たな病が見つかります。
病状について、まき子さんが当初知らされていた説明と、周囲の人々が把握していた事実には違いがありました。
一方、後年のインタビューでまき子さんは、裕次郎さん本人へのがん告知に反対したことも明かしています。
誰よりも夫のそばにいた妻は、何を知り、何を知らされず、そして何を守ろうとしていたのでしょうか。
1987年7月17日、裕次郎さんは52歳でこの世を去りました。
その後、関係者たちが明かした病状をめぐる真実。まき子さんが残した感謝の言葉。そして、長い年月を経て明らかになった、葬儀では語られなかったもうひとつの遺言。
2018年のインタビューと、2020年に公表されたまき子さんの言葉は、裕次郎さんの死後も続いた石原プロの歩みに、別の意味を与えることになります。
本動画では、石原裕次郎さんと妻・まき子さんの出会いから結婚、壮絶な闘病、そして夫の死後に下された決断までを、本人の手記や公開された証言をもとにたどります。
昭和の大スターとして知られた石原裕次郎。その華やかな姿の陰で、妻が向き合っていた選択とは何だったのでしょうか。
最後までご覧いただき、心に残った場面や言葉がありましたら、ぜひコメントでお聞かせください。
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【主な参考資料】
・文春オンライン掲載の石原まき子さんの手記
・フジテレビ「直撃!シンソウ坂上」2018年放送
・石原まき子さんによる2020年の公表文書
・石原プロモーションに関する公開報道
※本動画は公開資料と関係者の証言をもとに構成した人物ドキュメンタリーです。
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